| その2・ダブリンーアイルランド 1997年夏 @ その年は、春学期(2月から始まる)で、「デンマークにおけるジョイス」という講義をとっていた。 James Joyce(ジェームス・ジョイス)は、アイルランド出身の作家で、日本では文庫にも なっている「ダブリン市民」や、2年ほど前に日本語訳の改訂版が出た「ユリシーズ」、 「フィネガンス・ウェイク」などの作者である。 彼が小説における新技法として生み出した”stream of consciousness”(意識の流れ)という概念は、現代小説の一つの傾向とみなされるまでに「流行した」ものであるとも言える。 それはさておき。。。。 旅行のことを書かなくちゃ^^;;;;; 先生は、Rene Rasmsen という若手の、ごつい感じの男の先生で、「精神分析とテキスト 分析」などという本を書いた人だった。よって、テキストへのアプローチも精神分析的なのであろう、デンマークにおいてのジョイスの翻訳、またジョイスの影響を受けていると思われる作家の テキストなどを分析するに当たっては、”Madness of Modernisme”(モダニズムの狂気) とかいう本を多く参照した。これは主に、現代小説における「分裂症的文体」について考察 したものである。 なかなか本題に入れない^^;;; この講義が、アイルランドへの旅へとつながったいきさつは、ある日、講義の休憩時間、先生、学生で世間話などしている時に、思わず私が、 「ダブリンに研修旅行なんてどうでしょうか?」と口走ったことから始まった。 どうしてだか忘れたが、講義に関係ある場所への研修旅行だったら、大学側から4割ほど の補助が出ることを、私は知っていたのであった。先生は、そのことを知らなかったらしいが、 彼と何人かの学生はすぐに熱心に調査をはじめた。言い出しておきながら、私は、何もしてないよ、あれ〜^^;;;という感じだった^^;;;; ダブリンで、毎年開催されている、ジョイス・サマースクールにみんなで7日間出席することになった。メンバーは、先生と、デンマーク人女性が3人、男性が4人、ノルウェーから来ていた 聴講生の男の子、それから私だった。 出発の日、みんなで空港で待ち合わせをした。先生は、なんでもフランスに先に行って、 ダブリンまで船と電車で行くらしく、空港で集合したのは学生だけだった。 みんな、ばらばらにチェックインしようとしてるので、私は、 「みんなのチケット集めてまとめてチェックインしたら早いよ」と言って、 なぜかみんなのチケットを集めて添乗員のよーなことをしているのであった^^;;; コペンハーゲンからダブリンまで、2時間半くらいのものである。 Air Lings という、アイルランドの飛行機で行った。時差は、アイルランドはGMT(グリニッジ 標準時)なので、1時間。 飛行機の中で、ちょっとした「事件」があった。 私はいつも、通路側の席がのびのびできていいので、今回も通路側に座っていた。 「Air Lingsの制服って、醜いな〜」などと考えてぼーっと座っていると、窓側に座っている デンマーク人の女の人、リーネという人だったが。。。。の様子が、おかしいのに気がついた。 硬直したように、一言も口を効かないし、目に恐怖の色が表れていた。 メンバーは、ある程度固まって座っていたが、そのうち全員が、リーネが怖がっていることに 気がついた。 後ろの席に座っていたSorenという男の子が、私に、 「どうして彼女に窓側の席をあげたの?」と囁いた。 私は慌ててリーネに、「席、かわろう」と言って、リーネを通路側に座らせた。 リーネは、それで少しは楽になったようだったが、相変わらず硬直して涙を流しているし、 機内食にも手がつけられない状態だった。 何となく、そういうのが印象に残っていたりする^^;;;; でも、無事にダブリンについた。 3グループに分かれてタクシーに乗り、ホステルに向かう。 私は、さっきのリーネと、もう一人のカミラという女の子と一緒にタクシーに乗った。 リーネは、飛行機を降りてからも、ショックで寡黙だったが、タクシーが市内に入ってくると、 「綺麗ね!!」と目を輝かせるほど回復していた。 Aに続く INDEX HOME |